昭和42年12月24日 夜の御理解
今日、日曜でございましたから、学生会が朝からあっておりましたけども、二十名あまりの方達が、今日はほとんど男の方、大学生が多かったんですけれども、一生懸命、まあ御祈念会ですね、もうそれこそこの御広前を揺るがすような大きな声でみんなが大祓いをもう一生懸命にここにあげておる。大祓い何巻でしたでしょうか、五巻か十巻か続けてあげましたでしょうか。本当に私はちょうどその、このもう目が痛いほど眠かったんですけれども、もう眠いのだんじゃないですね、何か知らんけれども、いっぺんに目が覚めたようにして、まあそこからこうこみ上げてくるような有難さを一生懸命の姿の中から感じる事ができたんです。ちょうどあの、ここの村内から、幸若さんですか、幸若ひでこさんのお母さんがお参りになっておられましたが、その雰囲気を見られてですね、痛かった腰が治ったちゅうて帰られました。お願い、御神米を切らしましたから二体御神米を頂きに来た、御神米だけを頂きに来るんですよね。嫁さんが参ってくるんです。でそれを、その、やっぱり膏薬よりも御神米がよかちゅうわけで御神米を頂かれるんです。もうあの若い方達の一生懸命なあれにもう打たれてしもうてですね、帰りがけにその腰の痛いのが治ったっちいうてその、帰られました。確かにそういうようなものがございますよね、一生懸命の神様に打ち向こうておる姿というものの中に。それから共励にうつって、ちょうど十二時、一時ぐらいまでだったでしょうか、共励をして、また最後の御祈念をいたしており、まあその時私は下がっておりましたが、それから引き続いて今日は、まあクリスマスパーテーという名の反省会だそうですが、学生会の人達が中心になって、あの、少年少女会の、もいくらかも一緒に入ってですね、共励殿いっぱいなってから、なっております。
もう本当に驚きますですね、まあその年代の、私共の相違というか、もう本当にもう、私呼びに来ましたからちょっと参りましたら、あの、学生会で作っておりますバンドがございます。それに合わせてリズムに合わせてですね、もうみんながテレビを見るとと同じ事ですよ、こうやって踊っておるんです、何て言うですかね、もう私は本当驚いてしまいました、もう女学生の方達もみんな踊ってるんです。あんただんいつの間にこげなんこと稽古したかというようにみんな、私しきらんで一人でんおるかと思やあみんなやるとですけんね、もう驚いてしまいました。私はもうそれでいいと思うんです。もうその信心でそれがなされる時にですね、それからこれの切り替えの素晴らしい事ですね、今しかめっ面して一生懸命大祓いあげとったその声で、一生懸命その、今の何か、その若い人達が歌う歌を一生懸命歌ってるんですよね。また、あの同じ声でまた大祓いをあげるんですよ。ですから問題は私共が様々な所があっていいと思う、( ? )。お座敷におる時もありゃあ、その、お台所に立っておる時もある。お便所に入っておる時もあるんですよ。けれどもその、お便所に入っておる時はお便所に入っておる時、台所おる時には台所におる時、お座敷におる時にはお座敷におる時にはですね、この切り替えが私は大事だとこう思う。そこの切り替えができない人をだらしが無いとこういうわけなんですよ。だから、何事にも信心になれという今日の学生会の一日を見ておってからそれを感じるんですけれどもですね、私共のあり方の中に、その次の瞬間にはサッともうその場のその雰囲気に切り替えられれるという事が、私は何事にも信心になれよという事だと思う。なかなかちょっと雰囲気に、例えばこの慣れない、というような事であってはならない。いつでもどこででも神様をはずさんで、そしてそれがなされていくという事。
私共が以前お芝居なんかを見ますと、一週間ぐらいその雰囲気が残ってです、好きなもんですから。やっぱあれはだめですね。おかげで最近ではどんな好きなお芝居を見せて頂いても、もうお芝居が済んでしまった時には、もう立派に自分が取り戻されておる。これは芝居を真剣に見せて頂けるようになってからだとこう思うんですけれど、今の学生会の方達はそれが稽古ができておるといったような気が致します。何事も信心になれよというのは、その様な事じゃなかろうかと思うですね。
どうぞ。